gyokaku_meisai



    ストーム

 ストームといっても、昔高等学校でやったそれではない。
 西南の空か曇って来たかと思うと、ついさっきまでエメラルドグリーンの、夢のように柔らかく美しかった海が、ものの二分で暗転し、ものの五分もたてば、一面に白い牙をむいて、海の上のすべてのものに襲いかかってくる。
 東シナ海の荒海は、それから、狂いに狂う。
 雨まじりの強風が、横殴りに吹きつけ、七トンの小船は、木ノ葉の形容そのままに、頂天から奈落へ、奈落から頂天へ、さんざんに奔弄される。
 デッキはほとんど海水に包まれ、船長の操控室まですっかり水ひたし、私とH氏は、機関室の横の小部屋に、足をかがめればどうにか寝られるが、機関氏とコック氏は、身の置きどころがなくて、終夜シートをかぶって、デッキの隅にうずくまっていたのは、何とも気の毒であった。
 この大シケのなかで、一番困るのは、食事と排便である。
 私はかえって食慾がましたぐらいだが、船に弱い人なら、転げる茶わんを手に持って、激しいピッチングとローリングのなかで、箸を運ぶのは、大変なことだろう。
 殊に、便意を催して、上下する船の端にすがりながら、尻をつきだして排便する荒業は、よほど馴れた人でないとやれたものではない。
 天気のよい日は、遠征もまた楽しいが、一度狂うと、遠くの海は真実恐ろしい。そして、長い遠征に一度は荒天はつきものと考えて間違いない。
 船に弱い人は、絶対に諦めるべきだし、船に強い人も、計画は慎重の上にも慎重を期さねばなるまい。(つづく)